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東京地方裁判所 平成11年(ワ)16101号 判決 2000年3月23日

原告

リンテック株式会社

右代表者代表取締役

田中郷平

右訴訟代理人弁護士

平尾正樹

被告

大王製紙株式会社

右代表者代表取締役

大沢保

右訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

小池豊

櫻井彰人

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、別紙物件目録(一)及び(二)記載の各見本帳をそれぞれ作成し、頒布し、頒布の目的をもって所持してはならない。

二  被告は、同目録(一)及び(二)記載の各見本帳をそれぞれ廃棄せよ。

第二  事案の概要

本件は、色画用紙の製造販売業者である原告が競業関係にある同業者である被告に対し、「請求の趣旨」記載の差止め等を求めている事案である。原告の主張するところは、原告の作成した見本帳(以下「原告見本帳」という。)は色彩及び色名の選択に創作性のある編集著作物に該当するところ、被告の作成した別紙物件目録(一)記載の見本帳(以下「被告新見本帳」という。)及び同目録(二)記載の見本帳(以下「被告旧見本帳」といい、被告新見本帳と併せて「被告各見本帳」と総称する。)は、いずれも原告見本帳に依拠し、原告の氏名を表示することなく作成されたものであるから、原告の原告見本帳についての著作権及び著作者人格権を侵害する行為に当たる、というものである。

一  争いのない事実

1  原告は、接着テープ、接着シート及び紙等の製造、加工及び販売等を業とする資本金約二〇〇億円の株式会社であり、被告は、紙及び板紙の製造加工及び販売等を目的とする資本金約二二〇億円の株式会社である。

2  原告は、昭和六二年一二月ころ、「ニューカラー」という商品名の五二色の色画用紙の販売活動に利用するため、原告見本帳を作成し(原告の発意に基づき原告の業務に従業する者がその職務上作成した。)、これを平成一〇年七月まで頒布していた。

3  被告は、平成一〇年一〇月一日、「再生色画用紙」という商品名の五五色の色画用紙を発売し、その販売活動に利用するため、遅くとも同年九月下旬までに被告旧見本帳を作成して、これを被告東京支店において頒布の目的で所持するとともに、株式会社文友社等の多数の販売代理店に頒布した。その後、原告は、被告に対し、被告旧見本帳の色彩やこれに付された色名、色番号及び星印が原告見本帳のそれと同一であるなどとして抗議し、色彩、色名及び色番号の変更と星印の削除を求めた。被告は、被告旧見本帳の頒布を中止したが、新たに星印を削除し、色番号を変更しただけの被告新見本帳を作成し、これを被告旧見本帳同様、株式会社文友社等の多数の販売代理店に頒布している。

二  原告の主張

1  原告見本帳は、以下に述べるとおり、編集著作物に該当するから、原告がこれについての著作権及び著作者人格権を有する。

すなわち、原告見本帳は、その用途や表現形式上、色彩及び色名の欄こそが重要であり、かつ、用途等の表示欄とは分離した独立部分をなしていることなどからすれば、色彩及び色名を素材とする編集物である(編集著作物の素材とは、具体的な「物」ではなく抽象的な「もの」であり、原告商品においては、五二の色彩が素材であって、当該色彩の固定媒体物たるこの色画用紙の切片が素材なのではない。)。そして、色彩は、材料の配合比率を変えることによって無限にバラエティのあるものが作り出され、また、色名は、四〇〇程度の既存の色名及び自らが創作した色名の中から選択されるべきところ、原告は、色画用紙「ニューカラー」を発売するに当たり、紙の用途、ユーザー層、流行、品質、コスト等を考慮して、市場性、品質に秀でた色彩及び色名を選択し、これを原告見本帳に掲げたものであり、その色彩及び色名の選択には著作権法一二条所定の創作性が存する。したがって、原告見本帳は、色彩及び色名を素材とした編集著作物に該当する。

編集著作物は、本来の意味の著作物ではないが、創作性のある編集行為自体を「思想、感情の表現」とみなして保護されるものであり、五二の色と色名の選択というそれ自体に創作性があり、その創作的な選択行為が原告見本帳という表現形式に具体化されている以上、原告見本帳は編集著作物として保護されるのであって、表紙カバーの色彩やデザイン、二つ折りか三つ折りかなどの形式や、その他の表現形式などは、編集著作権の成否に何ら関係しない。選択された色名が慣用的に使用されているものであったとしても、多くの色名から五二色の色名を選択したこと自体に創作性がある以上、編集著作物として保護されるべきものである。

2  被告各見本帳は、いずれもその全五五の色彩及び色名のうち、色名において原告見本帳の全五二色と一致し、色彩において原告見本帳の全五二色中の五一色と社会通念上同一のものである(被告が原告見本帳の色彩についての配合比率や配合方法を知らないとしても、製法や紙質の相違が色の同一性を否定する理由となるものではなく、普通の人の目で見て同一と感じる色であれば、色彩の同一性が認められるものである。被告自身、原告の商品「ニューカラー」と同一色調を謳い文句として「再生色画用紙」を販売していることに照らしても、被告各見本帳の色彩は、原告見本帳の色彩と社会通念上同一であるといえる。)。そして、原告見本帳は色画用紙市場において広く利用されており、被告がこれにアクセスする機会は十分にあり、また、原告見本帳への依拠なくしてこれほどの一致はあり得ないから、被告各見本帳は、原告見本帳に依拠し、原告の氏名を表示することなく作成されたものであることは明らかである。したがって、被告各見本帳の作成は、原告の原告見本帳についての著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)を侵害する行為に当たる。

3  色画用紙においてはどの色彩を備えているかが商品価値を左右し、それゆえに原告は、自ら企業努力を傾けて市場性、品質に秀でた色彩及び色名を選択したものである。被告は、何の開発努力もリスクも負うことなく、これをそのまま踏襲しようとしているものであり、かかる被告の商法は、許されるべきものではない。

4  被告は、現在、被告旧見本帳の作成・頒布を中止しているが、被告の販売する「再生色画用紙」が原告の販売する「ニューカラー」のユーザーを対象にしたものであり、「ニューカラー」のユーザーには、色名ではなく色番号で色彩を選択する者も多いことから、その者からの求めに応じて、再度被告旧見本帳を作成・頒布する可能性がある。

5  よって、原告は、被告に対し、著作権法一一二条一項、二項に基づき、被告各見本帳の作成、頒布及び頒布目的の所持の差止めを求めるとともに、被告各見本帳の廃棄を求める。

三  被告の主張

1  著作権法一二条によって保護されるのは、素材の選択・配列という知的創作活動の成果である具体的表現であって、選択自体ではないことはいうまでもないところ、原告の主張は、具体的な表現形式を離れて色と色名の選択行為を保護すべきとするものであって、編集著作物の要件たる編集物であることや創作性があることを無視するものである。

2  編集著作物は、著作物として保護される以上、著作権法二条一項一号所定の定義を無視し得るものではないところ、原告見本帳は、原告の取扱商品である色画用紙そのものの紙片を貼付した商品見本であり、商品の販売を目的とし、その現物見本を集録しただけのものであって、思想・感情の表現物たりえないから、編集著作物には該当しない。

3  原告見本帳は、自社商品の品揃え状況(商品情報)を顧客に示すことだけを目的・用途とするものであり、その編集物としての素材は、商品現物そのもの、あるいは、色、材質、用途、サイズ、包装状態などが一体となった一個の商品情報であって、色彩と色名部分のみを切り離して議論すべきものではない。また、原告見本帳は、原告の販売するすべての色画用紙をそのまま紙片として貼付したにすぎず、そこに素材の選択という概念を持ち込む余地はない。

4  編集著作物の創作性は、それ自体表現形式を抜きにしては考えられないところ、原告見本帳のように色画用紙の紙片を貼付し見開き型の見本帳とすることは、色画用紙業界の慣用的手法であり、そこに創作性を認める余地はない。

5  色名そのものは、独占の対象になるものではなく、原告見本帳にある全五二の色名は、いずれも慣用的に使用されているものであって、その使用が問題とされる余地はない。

6  被告は、原告見本帳の色彩についての配合比率や配合方法を知らないから、原告見本帳の色彩を模倣する余地はなく、色彩についての配合比率や配合方法、紙質等に同一性がない以上、原告見本帳と被告各見本帳とは、色彩の同一性がない。

7  被告各見本帳に貼付されている紙片は、被告の製造・販売する色画用紙であって、原告のそれではなく、原告見本帳とはその素材が異なるから、同一性はない。

四  争点

1  被告各見本帳の作成が原告見本帳についての原告の著作権及び著作者人格権を侵害する行為に当たるか。殊に、(1)原告見本帳が色彩及び色名を素材とした編集物であり、その色彩及び色名の選択に創作性のある編集著作物に該当するか。(2)被告各見本帳が原告見本帳に依拠し、その色彩及び色名の選択について再製されたものか。

2  被告が再度被告旧見本帳を作成・頒布する可能性があるか。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1 著作権法一二条一項は、編集物でその素材の選択又は配列に創作性のあるものを著作物(編集著作物)として保護する旨を規定するが、これは、素材の選択・配列という知的創作活動の成果である具体的表現を保護するものであり、素材及びこれを選択・配列した結果である実在の編集物を離れて、抽象的な選択・配列方法を保護するものではない。当該編集物が何を素材としたものであるのかについては、当該編集物の用途、当該編集物における実際の表現形式等を総合して判断すべきである。

2  甲第二号証、第三号証の一ないし八の各一及び二、第五号証ないし第七号証、乙第五号証ないし第一〇号証、第一三号証、検甲第一号証ないし第三号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一) 色画用紙は、絵画工作等に用いるやや厚手の洋紙に着色を施したものであり、その大きさについては、ラシャ紙と呼ばれる四六判(七八八ミリメートル×一〇九一ミリメートル)のもの、これをカットした四ツ切サイズ及び八ツ切サイズのものがあり、製紙メーカーから四六判の大きさで一〇〇枚ずつ包装した形態で紙問屋に納入され、紙問屋において四ツ切サイズ、八ツ切サイズにカットされて販売される場合や、製紙メーカーにおいてあらかじめ四ツ切サイズ、八ツ切サイズにカットし、段ボールケースに詰めて出荷される場合がある。

色画用紙の販売に当たっては、販売代理店や顧客等に商品の紙片を貼付した見本帳が頒布されることが多く、従来から、どのような色が品揃えされているか一覧できるように、商品の紙片をひな壇状に貼付した見本帳が作成されている。

(二) 原告は、昭和九年一〇月一五日に不二紙工株式会社の商号で設立され、その後、エフエスケー株式会社に商号変更し、平成二年六月二九日、四国製紙株式会社(以下「四国製紙」という。)及び創研化工株式会社を合併するとともに、商号を現商号に変更した。

四国製紙は、昭和三九年九月から、「ニューカラー」という商品名で、それぞれに色名を付した色画用紙の製造・販売を開始した。当初は全一〇色の色画用紙であったが、同年一二月には新たに五色が加えられて全一五色となり、昭和四〇年四月にはそれぞれに色番号が付与された。その後、四国製紙は、右商品について、増色、改色、廃色並びに色名及び色番号の付与及び変更を数次にわたって重ね、昭和六二年一二月には全五二色とし、以来合併の前後を通じ平成一〇年七月まで、四国製紙ないし原告は、全五二色の色画用紙を、途中商品名を「ニューカラーR」に変更しつつ、製造・販売していた。

四国製紙は、昭和六二年一二月、右の全五二色の色画用紙の販売活動においてその画用紙の色を顧客に示すなどして利用する目的で、原告見本帳を作成し、以来合併の前後を通じて、四国製紙ないし原告は、これを顧客に頒布するなどしていた。

(三) 原告見本帳は、表紙に原告の会社名とともに「ニューカラーWクラフトR」、「ニューカラーR」という商品名などの記載があり、見開きには、原告の商品である全五二色の色画用紙のすべてに対応する五二種類の紙片と、原告の別の商品である表裏の色が異なるタイプの色画用紙(商品名「ニューカラーWクラフトR」)に対応する八種類の紙片が、いずれも一覧できるようにひな壇状に重ね合わされて貼付された上、それぞれの紙片の左横に色名及び色番号が記され、また、上部に左記(1)及び(2)のような記載がされているものである。

(1) 用途

教材用

絵画・切紙細工・版画・切文字・ポスター・表示練習・配置練習・校内展示装飾・社会科地図台紙・表紙

一般用

各種資料集・切抜台紙・分類カード・ポスター・値札・書籍見返し・パンフレット・展示物の台紙・メニュー・しおり・デザイン・書籍カバーその他広範囲の用途がございます。

(2) 規格

全判 七八八m/m×一〇九一m/m(ラシャ紙)

四ツ切・八ツ切 (色画用紙)

包装 ポリエチレン包装

仕立 一〇〇枚完全包装

(四) 被告は、平成一〇年一〇月一日、「再生色画用紙」という商品名で、それぞれに色名及び色番号を付した全五五色の色画用紙の販売を開始し、その販売活動に利用するため、遅くとも同年九月下旬までに被告旧見本帳を、また、遅くとも平成一一年一月下旬までに被告新見本帳(被告旧見本帳の色番号等を変更したもの)をそれぞれ作成し、これらを多数の代理店に頒布するなどした。

(五) 被告各見本帳は、いずれも表紙に被告の会社名とともに「再生色画用紙」という商品名、「古紙100%」、「55色」などの記載があり、見開きには、被告の商品である全五五色の色画用紙のすべてに対応する五五種類の紙片が一覧できるようにひな壇状に重ね合わされて貼付された上、それぞれの紙片の左横に色名及び色番号が記され、また、上部に左記(1)及び(2)のような記載がされているものである。

(1) 教材用:画材/切り紙細工/切り文字/ポスター/版画/校内展示装飾/絵画・書道展示台紙/文集表紙/校内印刷物各種

一般用:書籍見返し/書籍カバー/小冊子表紙/分類カード/しおり/パンフレット/メニュー/値札/POP/各種商業印刷/その他(ファンシーペーパー用途等)

(2) サイズ 四六判 四ツ切 八ツ切

一包み枚数 一〇〇枚(ラミクラフト) 一〇〇枚(透明袋)

一ケース入数 五冊入 一〇冊入

3 本件においては、まず、原告見本帳及び被告各見本帳がそれぞれ何を素材としたものであるかについて争いがあるが、前記認定の事実によれば、原告見本帳は、原告の取扱商品の見本にほかならず、その素材は、原告の取扱商品である色画用紙についての色、材質、用途、サイズ、包装状態等の商品情報であって、純粋に色彩及び色名を素材としたものではないというべきである。また、被告各見本帳は、被告の取扱商品の見本であり、その素材は、被告の取扱商品である色画用紙についての商品情報であって、原告見本帳同様、色彩及び色名ではないというべきである。

たしかに、原告見本帳及び被告各見本帳には、いずれも色彩及び色名について表現された部分があるが、各見本帳の用途やその余の記載に照らせば、それは原告及び被告の個々の取扱商品についての説明事項の一つにすぎず、原告見本帳及び被告各見本帳が色彩及び色名を素材とする編集物であると認めることはできない。

したがって、原告見本帳が色彩及び色名を素材とする編集著作物であることを前提とする原告の主張は失当であって、被告各見本帳が原告見本帳についての著作権及び著作者人格権を侵害するとはいえない。

4  前記のとおり、原告見本帳の素材は、原告の取扱商品についての情報であり、当該商品のすべての種類についての情報を掲げている以上、その商品情報の選択について創作性を認めることもできない。

5  原告は、色画用紙においてはどの色彩を備えているかが商品価値を左右することから、原告が企業努力を傾けて市場性、品質に秀でた色彩及び色名を選択したところ、被告は何の開発努力もリスクも負うことなく、これをそのまま踏襲しようとしていると主張するが、原告の右主張は、結局、原告及び被告それぞれの取扱商品たる色画用紙の品揃えの同一性又は類似性を問題視するものにすぎず、著作権ないし著作者人格権の侵害の問題とは、無縁のものというべきである。

二  以上によれば、原告の請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)

別紙物件目録<省略>

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